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    次の一手は「エネルギーを操る技術」 ZEB最前線(後編)

    都市部の高層建築では太陽光発電パネルを設置する屋上面積が限られるため、物理的にZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の実現が難しくなる。どうすればいいのか。前編に続き、ZEBロードマップ フォローアップ委員会で委員長を務める、早稲田大学創造理工学部建築学科の田辺新一教授に解説してもらう。

    早稲田大学創造理工学部建築学科教授の田辺新一氏(写真:都築 雅人)


    —— 前編では「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)ロードマップ フォローアップ委員会 とりまとめ」を説明していただいた上で、建築物の外皮性能の高度化がなぜ重要なのかをうかがいました。今後、省エネのターゲットはどうなると考えていますか。

    建物がZEB化して設備の省エネが進むと、これまでは見過ごされがちだったネットワーク機器や制御機器などの電力消費が目立ち始めます。米国ではそれらが次の省エネのターゲットといわれています。

    「エッジ」と呼ばれる高機能端末がクラウドに接続され、データが送信されると情報だけでなくエネルギーも流れる。これが無視できない値になってきています。

    今日の日本全体のクラウドコンピューティングのためのデータセンターの総電力消費量は、京都府の電力消費量とほぼ同じで、今後さらに増えるとみられています(世界全体では過去10年間で約8倍に増加)。これからの省エネのターゲットは、エッジとクラウドです。米国ではゼロ・エネルギー・データセンターも開発されています。

    中でも大規模建築物が重要になるでしょう。延べ面積2000m²以上の非住宅の新築着工棟数は年間約3000棟で、住宅を含む全体の0.6%と少ないものの、1棟当たりエネルギー消費量が大きいことから、エネルギー消費量では全体の35%以上を占めています。

    特に大規模建築物が多い都市部はビルのZEB化が大きな課題です。しかし、省エネだけではエネルギー消費の削減量が限られます。加えて太陽光発電パネルの搭載にも限界があり、完全ZEB化は難しいのが実情です。そこで東京都では、2020年度以降、再生可能エネルギーによる電力(都認定基準以下の低炭素電力)の調達時には、CO2の排出削減量として全量算定するプランを検討しています。

    まず省エネと効率化が重要で、建物の性能向上面で十分に努力してから再エネを検討するというのが、国の考えです。一方、東京都は温暖化ガス排出量削減の取り組みなので単純に比較はできませんが、より柔軟に進めているともいえます。いずれにしても、省エネプラスアルファ(計算支援プログラムでは評価されない未評価技術)と再エネの活用で、一次エネルギー消費量を下げていくことが必要だと思います。


    —— 確かに都市部では、完全ZEB化のハードルは高そうです。

    そうですね。東京都では環境確保条例に基づく「東京都エネルギー環境計画書制度」で、小売電気事業者は再エネの利用率と二酸化炭素排出係数(1KW/hの炭素の原単位)を公表しなければなりません。再エネ採用の意識が高い事業者は、電気代が多少高くてもそうした小売電力を積極的に選ぶ傾向にあります。100%再エネ調達で事業運営する目標を掲げる「RE100」の参加企業が典型です。

    エレベーターや照明など、ビルに欠かせない設備の消費電力を完全にゼロにすることはできません。そこは再エネ電力の調達で相殺し、ZEBと見なすのも可能ではないかと私は考えています。


    —— 省エネの取り組みと同時に再エネを創出する場が必要になるわけですね。

    私は「エネルギーを操る技術」と呼んでいますが、蓄電や電力シェアの技術を省エネ価値として認める動きがあります。今後、蓄電のコストは確実に下がりますし、送電網などのハード、ソフトを含め、こうした分野のインフラ整備も進んでいくでしょう。現状、ビル単体で考えがちな省エネを、将来はエリアや街単位で捉え、コージェネレーション発電の余剰分を活用し合ったり、発電時の熱を融通し合ったりすることなども、省エネ対策の視野に入るはずです。

    私たちは自前のハードディスクだけではなく、インターネット接続で外部のサーバーも利用しています。エネルギーもそれと同じです。

    昔は灯油を買いに行って家を暖房するのが普通でしたが、電力やガスがインフラでつながるとわざわざ買いに行く必要がなくなり、常にエネルギーが供給されるようになりました。次は情報と同じように、インフラを通してエネルギーを送り、別の場所で活用したり備蓄したりするようになるでしょう。情報とエネルギーは概念的には同じですね。


    再エネが有り余るほど使えるなら……

    —— 再生可能エネルギーが有り余るほど使えるなら、外皮性能を高めて省エネを頑張らなくてもいいのではないか、という考え方もあります。


    将来的に再エネがふんだんに使える時代が来るかもしれません。だからといって外皮性能を軽んじる考え方はどうでしょう。

    外皮性能の向上は省エネに貢献するだけでなく、利用者にとって健康的で生産性が高まり、暮らしやすくなるという価値も生み出します。それらのベネフィットを無視して外皮性能の向上を図らないのは、考えにくいですね。

    食べ物の確保に苦労しなければ、農業や狩猟の技術は進化せず、貯める技術も発達しなかったと思います。それでも暮らしていけるのなら良いのか。そうした議論はドイツでも行われていますが、正直、ここで答えを出すのは難しいです。

    オイルショックの燃料費高騰でドイツはバスタブをやめ、シャワーだけにした歴史があります。でも、今のドイツのZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)には大きなバスタブが置かれているケースが多い。“創エネ”でふんだんにお湯が使えるからです。

    同じような個人主義的な緩みが世界で起こる可能性は否定できません。ただ、日本にはお裾分けの文化がありますから、エネルギーが余ったらお隣に融通することを選ぶかもしれません。私はそちらが正しいように思います。


    —— ZEBに話を戻しますが、ZEBの件数は増えていますか。

    中小規模では増えています。ZEB実証事業におけるZEBリーディング・オーナーも2018年11月30日時点で181件と少しずつですが増えていますし、補助金の申請件数も増えています。早稲田大学も、2019年3月完成予定の新記念会堂「早稲田アリーナ」で地熱利用や太陽光発電などを導入し、ZEB Readyを取得しました。

    都道府県別のZEB実証事業の件数と年度別の件数推移。2018年度の交付決定数を含め累計135件が対象(資料:環境共創イニシアチブ)


    —— BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)はどうですか。

    住宅に比べて非住宅は伸びが鈍いですね。BELS評価書の累計交付件数は、住宅は6万5236件ですが、非住宅は1069件です(18年10月31日時点)。

    確かに一次エネルギー消費量の計算は手間がかかりますし、新たに計算コストが発生するので、ビルオーナーもそう簡単に取り組めないのでしょう。非住宅を対象にした計算支援プログラムのうち簡易な「モデル建物法」でレベルを確認した結果、2つ星や3つ星では、BELSを取得する意味はないと考える人もいるはずです。

    ただし、ビルを利用するテナントの意識が変わると、状況が変わる可能性はあります。例えば4つ星以下のビルには入居しないというテナント企業が多数現れると、一気に市場が広がるかもしれません。企業の環境配慮などを重視するESG投資としても重要なファクターです。

    ザイマックス不動産総合研究所によると、環境認証を取得したオフィスビルは、未取得オフィスビルと比較して新規成約賃料が4.4%程度高いという分析結果が得られています。とはいえ現実には、今の東京都心部の空室率は低く、なかなか省エネ性の優劣では選べないのが実情ですね。


    —— ZEBロードマップフォローアップ委員会の今後の予定を、最後に教えてください。

    近々、環境共創イニシアチブから学校とホテルのZEB設計ガイドラインを発表する予定です。事務所、老人ホーム・福祉ホーム、スーパーマーケット/ホームセンター、病院は発表済みです。

    また、エネルギー消費量は大きいが件数は少ない延べ面積1万m²を超える大規模ビルのZEB化について、中長期的な定義・評価方法の見直しを行います。省エネが50%未満でも、計算支援プログラムで評価されない未評価技術などの活用で不足分をカバーできればZEBと見なすよう議論を進めていく見込みです。前述の通り再エネ電力の調達による相殺も今後視野に入れていきます。いずれにしても大規模ビルがターゲットとなり、補助金制度の一部見直しも検討されています。

    経済産業省資源エネルギー庁と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が策定する「省エネルギー技術戦略2018」でも、ZEBの進化と情報化によってビル単体の省エネからエリアマネジメントへと視野を拡大する点が議論されています。

    ZEBの実績・普及に向けたロードマップ。フォローアップを受けた更新・簡易版(資料:経済産業省資源エネルギー庁)


    (日経 xTECH「省エネNext」公開のウェブ記事を転載)

     

     


     

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